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ミシェル・ペトルチアーニ
(1963-1999) 1999年1月6日、マンハッタンの病院にて彼は天に召された。36歳だった。 2週間後に大阪で行われるはずの、発売開始日に予約したライブを心待ちにしていたから、驚きと悲しみとショックと・・。本当に本当に本当に残念だった。 小人症というハンデを背負いつつも、 音楽に対する姿勢、ピアノに向かう姿、泉のように湧き出る音、美しいメロディーラインは、生きる喜びに満ちあふれていた。 "I don't believe in geniuses," he said. "I believe in hard work." 彼はいつも天才と呼ばれることを好まず、一生懸命、努力することに信念を見出していた。 亡くなった日のセレモニーで、フランスのシラク大統領は "sample for everyone" とコメントし、フランスの英雄である彼の死を悼んだ。 間違いなく私の人生を豊かにしてくれた人。 いつか彼のお墓にお参りして感謝の気持ちを伝えたい。 彼との出逢いは、96年に読んだある雑誌。そこの記事は切り抜いて残してある。 『山椒は小粒でピリリと辛い』との諺がピッタリの天才ジャズピアニスト と題がついており「へぇ~、難しい長い名前の人だな。誰だろ?」と大して興味も沸かないまま、流し読みをするとこう書いてあった。(記事より引用)・・・『よくビル・エバンスと比較されるが、私に言わせりゃ、あんな似非ジャズバーのBGMと比べること自体、失礼。もし今からジャズを聴き始めようとしているならビル・エバンスなぞ聴かずに彼のベスト盤を是非。ライブにまだ間に合うし。・・・略・・・「チケット高いからやめとこう」なんてつまんないこと言う人には「こんなときに贅沢しないで、いつ贅沢すんの?」と言い返さずにはいられない。』 いやいや。ちょっと待って。 ジャズに興味を持ち始めて、エバンスの色々なアルバムを聴き込んでいた私には、非常に腹立たしい記事だった。 「あんな似非ジャズバーのBGM???」「ビル・エバンスなぞ聴かずに???」 ペペロンチーノみたいな名前のこの人を誉めるのは勝手だけど、だからと言ってエバンスをこんな風に書くなんて信じられない。 あぁ、そうですか、そうですか、それなら聞かせてもらおうじゃない!ライブへ行かせてもらおうじゃない! ・・・しかし、意気込んでみたものの、私はまだジャズ・クラブへ行ったことがなかった。正直に言うと、ちょっと勇気がいった。 「どんな人たちが聞きに来るんだろう。どんな所だろう。8000円か・・。」 しかし「とにかく聞いてみなければ」との想いで、早速、友人を誘う。奇遇にも「この前、ラジオでその人の名前を聞いたけど、その後に流れた音楽がヨカッタ」とのこと。これで安心。すぐに電話して2名分の予約をする。 96年11月22日(土)。2ndステージ。3daysライブの最終ステージ。満席。年齢層は高い。まずは雰囲気にドキドキしながらも、ピアノがよく見える位置に座ることができた。 MCが入りペトルチアーニの名前が呼ばれる。大きな拍手の中、彼はステージにあがった。思わずその小さい姿に驚かずにはいられない。ピアノの椅子に座るのもラクラクと・・ではない。 そして演奏が始まる前の何とも言えない緊張と静寂がステージを包む。 突然、ステージは始まった。それは今までに聴いたことのないタイプの音だった。 澄み切った音。信じられないテクニック。ロマンチックなメロディー。 88個の鍵盤は彼には足りないようだった。 不可能なことなどないと思わせるそのエネルギーに満ちあふれた演奏。 高音から低音、ピアノの右側から左側へ。 こんなにピアノの鍵盤を全部使う演奏を私は今までに聞いたことも見たこともなかった。知っている曲は、確か1曲もなかった。アンコールは有名な曲に違いなかったけれど、それさえも覚えていないぐらい当時の私は曲名など知らなかった。 でも、 感動するのに知識なんて必要なかった。 無意識のうちに体が揺れ、声が出る、ため息が出る。約1時間のライブは、今までに体験したことのない時間の経ち方だった。永遠にこの音の中に居たい、陶酔していたい、そんな風に思った・・ように思う。どうやって帰ったのか覚えていないほど、フラフラだった。 初めてのライブがペトルチアーニのトリオだったなんて、いま思えばすごいことだった。メンバーは、アンソニー・ジャクソン 言うまでもなく、このライブを機に様々なアルバムを手当たり次第に聴いていくようになった。そしていつの間にかジャズは音楽、というよりも生活の一部のようになってきた。 いつもそばにある、空気のように。 ペトルチアーニをエバンスと比べることはできない。やはりテイストが違うから。 エバンスはなんてったって素晴らしい。そしてペトルチアーニも素晴らしかった。 今となっては貴重な、貴重な体験。 生の演奏を聴くことができて、本当に幸せだったと思う。 こうして、あの腹立たしかった記事のおかげで、人生において忘れられないライブに出逢うことができた。 今、読んでも腹立たしいのは変わらないが、 こんなにライブへ行かせる気持ちにさせたこのライターは、 かなりのプロだったのかもしれない。 page top
by nh6610002
| 2004-01-13 15:38
| essay
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