hirobenaoko BLOG
by nh6610002
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30
[舞踊家] 関 典子さん
c0060479_271997.jpg先日の「アルベルト・ジャコメッティ展」で、「ジャコメッティー彼の眼には何が見えていたのかー」というパフォーマンスがあり、斬新でありながら心にぐっと踏み込んでくる迫力、25分間途切れることのなかったその緊張感は全員を魅了。コンクリートの打ちっ放しの、美術館の中でもちょっと面白いデザインの場所。まるでエッシャーの世界のような急な傾斜の階段があり、階段、踊り場、鉄筋の手すり、手すり下のガラスなど安藤忠雄氏らしい建築の一角。仄かな、微かな音でさえ不思議な響きを生む、無機質な空間でパフォーマンスは行われた。私は関 典子さんがどんな舞踊家なのか知らず、のんきに一眼レフを持参したら、プレス関係者を含めものすごい人数が集まっていた。撮影はNG。
※写真はどちらも関 典子さんより 提供頂きました

こういうコンテンポラリーダンスって生で見るのは初めて。とても楽しみだったその踊りは、ただ、ただ、衝撃的。官能的で攻撃的。静かな驚きを持って始まり、危険な高さのある場所で、まるでジャコメッティの作品と化す姿、コンクリートの壁に自ら打ち付ける音、細い細い鍛えられた腕が空間を切る鋭いヒュッという音。25分という時間はひとつの踊りにしては長い。でも、関さん自身の集中力も、見る側の集中力も途切れることはなかったのが肌で感じられた。

c0060479_273178.jpg「ジャコメッティが感じていたであろう孤独を表現してみたいと思った」と翌日の新聞で関さんのコメントを読んだのだけど、その豊かすぎる表現力から「ジャコメッティの世界」「孤独感」は十分に感じるとることが出来た。ただ、彼女の踊りを通じて私がいちばん感じたのは、「怯え」。もちろん彼女自身が怯えているのではなく、生きるうえで心の底に何かしら渦巻く「怯え」という部分に今の彼女は興味を持っているんじゃないかな・・というようなもの。

ジャコメッティは生涯、彼自身としては「見えるがままに描く」という試みを続けたが理想には届かなかった、としている。孤独と闘い続け、生きることの不思議さを追求しつづけた20世紀の巨匠。でも、最大の理解者である妻がいたこと、大切な母、活動に協力を厭わなかった弟、また矢内原伊作、彼の活動にとって大事な存在だった愛人など、芸術家として身近に信頼できる人を持ち続けられた彼の作品から、私は「怯え」を感じなかった。

・・ということは、彼女の踊りは間違いなくジャコメッティの世界を表現して見せたのに、私が感じた「怯え」、それは彼女の表現力の個性。ジャコメッティと同じく、「生きる」ということを今の彼女のフィルターを通して消化し、完全に彼女自身の世界を繰り広げたということなんだろう。どの踊りも何ひとつ出来なさそうなパフォーマンスなのに、決してその踊りは手の届かないような、何て言うのか、日常の感覚とかけ離れたものでは全然なくて、しっくり解釈をさせてもらった気がする。

まだまだ書きたい関 典子さんの魅力。たった一度の踊りを見せてもらっただけなのに、なんだか関さんをとてもよく知ったような気になっている。実は終わってから少しお話しが出来て、「あれ?さっきの迫真のパフォーマンスをしてた人?」というホド、かわいらしい気さくな女性でさらにファンになってしまった。次回の公演にもぜひ行きたいなと思う。拠点は東京らしいので、名前を見つけられた方はぜひ一度、その心の深いところへ迫る彼女のパフォーマンスに触れてみてください。今週は彼女のお陰で、かなり、かなりいいエネルギーが私の中で循環していたと思う。こういう時間て、本当に心が潤うね。
[PR]
by nh6610002 | 2006-09-09 15:18 | live report
<< フラフラ イライラ >>